おはなし《アヒルの道は、どこまで続く?》
 「彼女に、世界を見せてあげてください。お願いします、カミサマ!」

一羽のアヒルは、カミサマに向かって言いました。

辺りには白い靄(もや)が立ち込め、先も見通せない朧気な世界を形作っていました。
足元では、まるで川のように靄がどこからか流れ足元をすーっと通り抜けていきます。
そんな白い空間の中で、対照的な黒い物体が宙に浮いていました。
大きな歯車が、重く鈍い音を響かせて回っているのです。

ここは雲の上。天国と呼ばれている場所。
その不思議な世界の中には、アヒルとカミサマが存在しているだけでありました。

 『彼女に、世界を見せてあげることはできないよ』

アヒルの願い事に、カミサマは、少年とも少女とも思えるような中性的な声でアヒルに応えました。
カミサマは、少年から青年の間のような背格好、布を巻いたような服、顔には何も描かれていない、
まっさらな白いお面を被っています。
神様らしい威厳は感じられませんが、この世界と同様、不思議な存在であることは間違いありません。

 「お願いします! カミサマっ!」

食い下がるアヒルですが、カミサマはどこ吹く風。さらりと返しました。

 『だって彼女、もう自分で世界を見に行っちゃったから。ボクにはできないよ?』

それを聞いたアヒルは目をまん丸にして、ポカーン。開いた口が塞がりません。
あれ? 自分はどうしてここに来たんだっけ……。アヒルの頭の中は、エンドロールへと突入しそうになりました。
そんな彼を見て、カミサマはくすっと笑いました。
お面をしているのでよくわかりませんが、雰囲気でそんな風に感じられます。

 『キミもなかなか、苦労するね。窓枠の世界しか知らない彼女のために
  わざわざここまでやってきたろうに……いざ辿り着いたら、当の本人は旅立った後だなんて』


アヒルはしばらくぼーっとしていましたが、頭をふるふると振って改めてカミサマに向き直りました。
確かにぼくは彼女のためにここまで来たけれど、願いがすでに叶えられたなら、
それで満足だとアヒルは思いました。
窓枠の世界しか知らない“彼女”……一緒にいたかったけれど、それ以上に彼女が望むものを
叶えてあげたかったのだから、ぼくはここへ来た。後悔もない。
……とはいえ、やっぱりショックです。

 「あうう……ここまで来るのに結構、苦労したんだけど……くわ。まあ、彼女らしいというかなんというか。
  ……でも、彼女の願いが叶ってよかった。本当によかった。ありがとう、カミサマ」


そう言ってアヒルは、彼方へ去ろうと、くるり踵をかえして歩き出しました。
彼もまた、旅立とうとしていました。


 『ああ、お待ちなさい。せっかく来たんだ。ちょいとばかしボーナスを上げようじゃあないか』

と、カミサマはちょちょいと手招き、呼び止めました。
どことなく哀愁が漂っていたアヒルでしたが、歩みを止めて目線だけをカミサマに送ります。
そうしてしばらく思案した後、くるりと向き直り、とりあえず聞いてみることにしました。

 「ぼーなすって、なんですか? お盆の時の、あれですか?」
 『……いやいやいや。いくらここが天国っぽいところでも、そんな天国ジョーク言わないよHAHAHA』

そう言うカミサマの手には、割り箸っぽいものが握られていました。これは信じられん。
アヒルの怪訝そうな顔にも気にした素振りを見せず、カミサマは割り箸をポイッと放り捨て、
何事もなかったかのように切り出しました。

 「じーっ」
 『おほん、まあ冗談はこれくらいにして本題だ。……キミは、彼女と一緒にいたかったんだろう? その願いを叶えてあげようかと思うのだが』

急に真摯な態度をにじませるカミサマに翻ろうされつつも、アヒルはその一言に、心が揺れ動きました。
押し寄せる思いの波がアヒルを包もうとしましたが、彼はすぐに払ってしまいました。
彼女の幸せが、ぼくの幸せ。これ以上のワガママはダメだと思いました。
ところが、そんな心の内を見透かしているのか、カミサマはボーナスの内容を語り始めました。

 『まあ聞いていきなさい。何もパパッとくっつけるということではないよ。
  本来なら転生した魂の詳細はわからないようにしてあるんだが、特別に、キミにはわかるようにしてあげようってだけさ』


ハテナマークを頭の上に浮かべるアヒルに、カミサマは優しく説明します。

 『詳細を話すと長くなるし面倒なので、シンプルに言うと……一緒に居たいなら探してきなさいということさ。
  彼女に近づいたら、彼女の存在がわかるようにキミの魂に秘密工作しておくから、転生して探してきなさい。
  一緒にいられるかどうかはキミしだい。自力で探すのだから、ワガママではないでしょう?』


アヒルは考えるのをやめました。なんだかよくわからないけれど、カミサマは彼女に逢えるよう、
自分のワガママを叶えてくれるらしいからです。
となったら、もうこの波に乗るしかねえ! アヒルは案外あっさりと覚悟を決めました。欲望にはわりと忠実です。
だからこそ、ここまで来れたのですが。

 『まあ行けばわかるよ。……そうだな、怪我をすると大変だから、
 ちょっとしたおまじないも、あげようか。探しやすくなるだろう』


カミサマがアヒルに手をかざすと、アヒルの身体がぱあっと輝きました。なんとなく身体が軽くなったような気がします。
アヒルは考えるのをやめていましたが、ひとつ疑問が浮かびます。
どうして、そこまでしてくれるのでしょうか?

 『運命か気まぐれか、なんとでも思ってくれればいい。それか、ボクの知り合いに鳥の女神がいるんだが、その影響――』

カミサマの言葉を最後まで聞こうとしましたが、アヒルの身体は白い靄に徐々に溶けていきました。
慌ててアヒルは、カミサマに向かって叫びます。


 「カミサマ、――――」


ガコン――と、巨大な歯車が大きく回り始めました。
アヒルの姿は、もうありません。辺りには白い靄が漂い、歯車が軋む世界と、そしてカミサマだけがとり残されました。
カミサマは肩をすくめると、アヒルのいた位置を見つめながら呟きます。

 『ふむ、転生のタイミングまで操れないのが歯がゆい。“カミサマ”というのも不便だよ。
  それにしても……不思議な世界の住人が言うことじゃないが、彼もまた彼女と同じ願いとは、不思議なものだ。
  なかなかどうして、魂というものは面白いものだなあ』


白い空間は、一層、濃くなっていき、カミサマを覆い始めました。

 『さて……割り箸はどこへいったかな?』

――カミサマは、最後まで威厳のない調子のまま、白い靄に紛れて消えていきました。
2013/03/18(月)
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