おはなし《館に住む老婆のはなし》
そこは、壁のところどころがボロボロで、昔は美しかったはずの庭も雑草が誇らしげに
並んでいる、そんな誰も寄り付かないような館でした。
まるで廃墟のような外観ですが、中には老婆がひとり住んでいます。

老婆は偏屈者で、とにかくニンゲン嫌い。たとえ館が綺麗でも、誰も寄り付きません。
そんな老婆は、魔法使いでした。そして、孤独でもありました。


ある時、老婆はギックリ腰を患います。ひとり暮らしで、これは辛い。とても辛いです。
老婆は魔法使いですが、治癒の魔法はからっきし。
どうしたものかと考えた老婆は、はっと思い出したように魔方陣を描きました。
魔方陣から溢れる光の中、現れたのはヒトのような形をした“何か”でした。
老婆は召喚魔法で、使い魔を呼び出したのです。

なんとかベッドまで運んでもらうと、老婆は使い魔を消そうとしました……が、やめました。
正直、誰の手も借りたくはなかったのですが、ギックリ腰のままである方が癪にさわるので、
使い魔には、そのままがんばってもらうことにしました。


幾日か過ぎギックリ腰が完治すると、老婆はいよいよ使い魔を消そうとしました……が、やめました。
正直、ひとりでいる方が楽ではありますが、どうせならこき使ってから消してやろうと、
使い魔には、更により一層がんばってもらうことにしました。


それから数年が経ち、老婆は使い魔を何度も消そうと思っていましたが、今ではすっかり
それも抜け落ちて、結局、使い魔はそこに在り続けました。

使い魔は人形のように動いているだけでしたが、その間、様々なことを老婆から教わりました。
お茶の淹れ方から始まり料理の仕方、裁縫に掃除、更には必要なのか野外活動、テント張り……。
――そして、絵の描き方。

老婆は絵をたしなんでおり、魔法もまたそれと同じく“お絵描き魔法”なる独自の技術を持っていました。
使い魔は、まだまだ下手ではありましたが、意外と才能がありそうだと老婆は思いました。
(親心、というやつかもしれません)


こうして、老婆と使い魔の生活は、ゆったりと時間が流れていきました。
老婆はもう、孤独ではありませんでした。それは、とても楽しい時間でした。

そんな生活はこれからも続くと思われましたが――ついに、老婆は倒れてしまいます。
今度はギックリ腰ではなく、いよいよ、その時が来たようでした。

老婆はあの時のようにベッドへ運ばれ、布団の中で思い返します。そして後悔しました。
どうしてあの時、使い魔を消さなかったのか。消してしまえばよかった。
……こんなに死ぬのが怖いのなら、この子に寂しい思いをさせるくらいなら。

老婆の枕は、涙で濡れていました。使い魔は、淡々とお茶を淹れるだけです。


寝込んでしまった老婆は、日に日に弱っていきました。
使い魔は主を治そうと、様々なことを試してみました。

お茶を淹れることから始まり、料理を作り、裁縫に掃除、老婆の部屋でテント張り……。
――そして、絵を描きました。

日のほとんどを、目を閉じて眠っていた老婆でしたが、使い魔の絵を見ると、
お日様のように温かな笑顔を見せました。
使い魔は問いかけます。

『主よ、治りましたか?』

老婆は、絵をまぶたの裏に残すように、ゆっくりと目を閉じて答えます。

「ああ、おまえのおかげで治ったよ……ありがとう」

そうして老婆は、静かな眠りにつきました。



ボロボロの館には、使い魔ひとりが残されました。
老婆はずっと眠ったままで、使い魔はどうしたらいいかわかりません。

今日も老婆の部屋を掃除します。……すると、机の下に一冊のノートがあるのを見つけました。
使い魔はノートを机の上に置こうとしましたが、なんとなく開けてみることにしました。

そこには、老婆の描いた絵や、日々の徒然が書き残されていました。


『ギックリ腰は辛い。使い魔が、使えるやつだといいのだが』
『お茶を淹れさせた。ぬるい。使えないなら消してしまおうか』
『今日は料理を教えた。包丁がおぼつかない。まったく危なっかしくて、こっちが切られちまうかと』
『テントを張らせてみた。覚えがいい。あたしと違ってアウトドア派らしい』
『絵を描かせてみた。筋がいい。もっと描かせてあげたい』



使い魔は、何かが揺さぶられました。
何が、かはわかりません。けれど、確かに、何かが揺れ動いたのでした。

使い魔は掃除をやめて、机にある埃を被った眼鏡を手に取りました。
老婆がいつも、かけていたものです。

そっと、目の高さまで持ち上げます。それをかけて、どうしたいのかは自分でもわかりません。
でも、もしかすると、老婆と同じ世界が見えるのでは……そんな風に、使い魔は思いました。



そこは、壁のところどころがボロボロで、昔は美しかったはずの庭も雑草が誇らしげに
並んでいる、そんな誰も寄り付かないような館でした。
まるで廃墟のような外観ですが、全くその通りで、誰も住んでいません。

使い魔は旅に出ました。
一冊のスケッチブックと――そして、眼鏡をかけて。

“彼”は、今どこにいて、何を見ているのか。
それはいずれ、真っ白なスケッチブックに描かれていくことでしょう。
2013/03/18(月)
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